一年後の花嫁
新田さんに、すべてを悟られている。
そのことへの焦りと、“不倫”という言葉が、同時に胸に突き刺さった。
たぶん、新田さんはそれらを言いふらすことはしないだろう。
……恐らくだが。
しかし不倫というのは、紛れもない事実だ。
たしかに珍しい話ではないけれど。
そこらに溢れる不倫と、俺たちを一緒にしないでほしいなんていう、図々しいことを考えていた。
こんな風に会わなければ ――
そうは思っても、こんな風に出会ったから、今日の俺たちがあったはずだ。
とにかく一つずつできることを。
俺は彼女と不倫がしたいわけじゃないから。
彼女を幸せにしたい。
俺一人のものにしたいんだ。
「いらっしゃい」
「ん。遅くなってごめん」
通い慣れた千尋の部屋。
部屋のそこら中に、色とりどりの花が活けられていて、初めて入った人なら必ず驚嘆の声を上げるだろう。
俺も初めてここに来たときには、いい奥さんになりそうだな、なんて思ったものだ。
「ご飯は?あ、部屋着ここ置いとくね」
「いや大丈夫。すぐ帰るから」
俺の言葉には、耳を貸そうともしない。
カチッとケトルのスイッチを入れた音が聞こえた。
「もう遅いんだから、泊まればいいじゃない」
「千尋。いいから聞いて」
「……別れるの?」
台所に立って、俺には背を向けたまま。
テレビの音にかき消されてしまいそうな、小さな声だった。
「……千尋も、わかってるだろ。もう無理だよ俺たち」
「無理にしたのは明人でしょ」
いまだ背を向けたままだが、今度ははっきりと聞こえた。
「ごめん」
付き合い始めた二年前とは、俺の立場も随分変わった。
だから、俺のせいと言われればそれまでだ。
事実、俺が今日ようやくここへ来た理由だって、長妻だけだと思ったから。
心変わりしたのも、俺の方だ。
しばらく沈黙が続き、千尋がこちらを向いた。
泣きそうにもない、冷たい顔。
「もう、彼氏いるの」
「は……?」
千尋はスマホをいじり、その新しい彼氏とやらとのツーショットを突き出す。
真面目で誠実そうな、俺とは正反対の男。
隣で幸せそうに笑う千尋の顔は、随分と久しぶりに見たような気がした。