一年後の花嫁
「藤堂さん!」
足取り重く事務所に戻ると、後輩が血相を変えて駆け寄ってきた。
「ん?どうした?」
「蒲田さんが、辞めたって……!」
「はぁ?」
蒲田というのは、俺と同じチーフとして婚礼課をまとめてくれている一人であり、同期でもある。
その蒲田が辞めるって?
「いつ?蒲田は?」
「それが……課長にメールが届いただけで、音信不通なんです」
「は……!?」
俺が慌てて課長の元へ事実関係を確認しに行くと、課長もさっきの後輩と同じことを言った。
その顔は、この酷暑だというのに、真っ青である。
「もう疲れましたって、退職願っていうよりも遺書みたいなんだ。それで音信不通だろ。今警察に連絡した方がいいのか、上と相談してるところだ」
「そうですか……一応俺からも、連絡してみます」
「ああ、頼む」
「あ、それとだ」
嫌な予感がした。
「ひとまず蒲田の担当は、俺とお前で割り振ろうと思う。お前より下は、もう手回ってないだろう?」
課長の言うことは、たしかにその通りだった。
なにしろ人員が不足している。
そのうえ、有難いことに契約は増す一方で、正直誰もが手一杯な状況だった。
恐らく蒲田が消えたのも、そんな理由だろうと想像はつく。
「……わかりました」
「悪いな。なるべく俺が多く受け持つから。とりあえず今日予約のお客様は、お願いできるか?」
「はい」
後輩に確認すると、蒲田の担当する新郎新婦様は二十六組。
そのうち今日予約があるのは、幸いにも二組だけであった。
「十三時からの川島様・加藤様と、十九時からの師岡様・青木様です。でも藤堂さん、今打ち合わせ中ですよね?川島様・加藤様とお時間が……」
「あぁ、大丈夫。川島様・加藤様がご到着されたら、同じ二階に案内してもらえるかな。あと、お茶菓子も出しておいてくれる?」
なぜだろう。
途方に暮れるほど忙しくなるというのに、窮地に立たされた俺は、いつも以上に頭がすっきりして体が軽かった。
これが俗にいう、アドレナリンというやつの効果だろうか。