一年後の花嫁
「明人、全然気づかないし。もうずっと私のこと、好きじゃなかったもんね」
カチッと二度目の音がしてケトルのお湯が沸くと、彼女は自分の分だけコーヒーを淹れる。
「逃げてばっかりで、ごめん」
千尋の言う通り、彼女に恋愛感情を抱かなくなったのは、最近のことではない。
終わらせなければならないと、頭ではわかっていたものの、仕事でも顔を合わせる気まずさや、なにより別れ話に使う労力が惜しかった。
それでずっと彼女につらい思いをさせていたことは、わかっていたはずなのに。
「……いっつもそう」
千尋は一息ついて、さらに続けた。
「明人は、いつも終わってから大事なこと言うよね。こっちからしたら、そのときに言われなきゃ、ちっとも響かないのよ」
一口コーヒーを啜った彼女は、部屋の隅に置かれていた紙袋を差し出す。
「荷物、まとめといたから。今までありがと」
「……」
俺は何を言うこともできなかった。
情けなさすぎる。
「……俺の方こそ」
絞り出した言葉とともに、俺はその紙袋を持って彼女の部屋を後にした。
マンションの外に出ると、どっと力が抜けていくのがわかる。
はぁ、とつい漏れた溜息は、冬の冷え切った空気にすぐ溶けた。
―― いつも終わってから大事なことを言うよね。
学生時代に付き合っていた彼女にも、似たようなことを言われたことがあったな。
「……情けねーな……」
長妻とのことも、ずっと同じことを繰り返していると気付かされた。
庭園で、過去形で気持ちを伝えたときも。
今日、チャペルでキスをしたときも。
結婚するな、とか、あいつでいいのか、とか。
そんなことばっかり言って、自分の今の気持ちは、一言だって伝えてない。
あの花火大会のときと、俺は何も変わっていないんだ。