一年後の花嫁
空はすでに光を落として、庭園の小さなスポットライト以外は、そこを照らすものはなにもない。
それなのに。
俺はすぐに長妻を見つけた。
あのモミジの木の下で。
「お待たせ」
「ふふ、寒そう」
自分だって鼻までマフラーに埋めておいて、よく言う。
「ん、あげる」
ポケットからカイロを差し出すと、彼女は目を細めて喜んだ。
たったカイロ一つなのに、大袈裟なくらいに。
「藤堂くんって、たまに優しい」
「たまには余計だろ」
お金がなくて、時間の制約があったあの頃とは違うのに。
もう大人なんだから、こんな寒空の下でわざわざ話す必要なんてない。
カフェとか、ファミレスとか、そういう守られたところで話すのが普通だろうに。
俺たちは、それができなかった。
わざわざ、葉が落ちて随分寂しくなった印象の、このモミジの木の下を選んでしまうんだ。
「……明日、だな」
「ね」
話す度に、白い息が空気に消えていく。
「なんかさ……ほんと、まさかここで、このタイミングで、藤堂くんにまた会えるなんて思わなかった」
近くのベンチに腰かけた長妻は、小さく背を丸めてそう話す。
“このタイミングで”、そりゃあ、やっぱそう思うよな。
「俺も。だけど、また会えてよかった」
彼女の隣に座ると、東屋のここなら誰にも見られないんじゃないか、なんてよからぬことを考えている自分がいた。
いま俺がすることは、彼女に手を出すことじゃないっての。
また会いたい。
これで終わりたくない。
今度はちゃんと、そう伝えるんだ。
「俺はさ……あー、その……」
頭ではわかっていたって、そう簡単に人は変われないらしい。
十三年前の俺が、急に舞い戻ってきたようだ。
次の言葉が、出ない。
「……藤堂くんも、幸せになってね」
そのうちに、また彼女が先に口を開いた。
俺の方を全然見ようともしない。
まっすぐ前を見つめたまま、彼女がそう呟く。
また、あのときと同じだ。