一年後の花嫁
休憩室でコーヒーを一杯飲んでいると、やはり時間通りに千尋から連絡が入った。
まだ半分以上残っていたそれを流しに空け捨て、水で口をすすぎながら、もう一度このあとの段取りを確認する。
このまま山辺様と桃田様の元へ行き、お二人には引き出物のご案内と、カタログをお渡しする。
恐らくそうしているうちに、川島様・加藤様はご到着されるが、同じ二階であれば同時進行も可能だ。
「ふー」
息を吸って大きく伸びをして、吐きながら体を左右にひねる。
バスケ部時代によくしていたストレッチ。
忙しければ忙しいほど、俺は現実から逃げるように、あの頃のことを思い出していた。
だから、今も。
バッシュのキュッキュという音に混じって聞こえる、バレー部の甲高い声。
― 美波ー!ライトー!
― ヨーシヨシヨシ!ナイスー!!
“美波”。
同じクラスの、バレー部のセッター。
隣の席の、学級委員。
底抜けに明るい笑顔と、子犬の鳴き声みたいに愛らしい声。
汗に濡れる、柔らかそうな栗色のショートカット。
「それではまた何か気になるところがありましたら、ご連絡ください。なんでもおっしゃってくださいね」
目の前の艶っぽい黒髪の千尋とは、重なりそうで重ならない。
「じゃあ藤堂さん。これで失礼します」
「はい。ありがとうございました」
去り際の恨めしそうな視線には、気付かないふりをした。
だって、今はもうそれどころではない。
彼女に構う余裕なんて、これっぽっちも残っていなかった。
そうして山辺様・桃田様には、式場提携の引き出物のカタログをご覧いただきながら、到着された川島様・加藤様の元へと急ぐ。