一年後の花嫁
加藤美波。確かにそう書いてあったじゃないか。
それに、俺の知る“美波”は、あんなに大人しくない。
例えばさっきの場面だったら、「あなたも協力してよ」とか、絶対言いそうだ。
典型的な学級委員タイプの性格だったから、全員でやらないと気の済まない性分なのだ。
真っ白な肌と綺麗な顔立ち、それにあの可愛らしい声は、俺の知る“美波”と重なったが、それだけ。
あいつが、あんなおしとやかな女性に成長したとは、到底思えなかった。
「それでは、また来月ですね。引出物を決定して、中間見積もりをお渡ししますので」
「ひえー。怖いな」
顔を見合わせて、幸せそうに笑う山辺様と桃田様。
つられて俺の顔にも、笑みが浮かんでいた。
「では。本日はお疲れ様でした」
「ありがとうございました。失礼します」
無事、山辺様・桃田様との打ち合わせが終了。
もう一度ネクタイを締め直して、また川島様・加藤様の元へと向かう。
「藤堂さん、大丈夫ですか?私このままお見送りしますよ」
「ううん、大丈夫。ありがとう。助かったよ」
名前も知らない衣装担当の女の子は、ポケットからチロルチョコを取り出して、「無理しないでくださいね」と可愛く微笑んだ。
男ってやつは単純で、そんなちょっとしたことで、簡単にバロメーターが上がる。
少々浮き足立ってあのブースを覗くと、そこには、加藤様の姿しか見えなかった。
「加藤様、お待たせしました。川島様は……?」
「すいません、急な仕事だって言って、先に帰ってしまって」
「そうでしたか……長々と引き留めてしまって、申し訳ありませんでした」
やっぱり、この声。
疑惑は、確信に変わりつつあった。
でも、どうして?
なぜ、加藤美波なのだ?
「藤堂くん、だよね?」
「え……?」
目の前の“加藤様”は、さっきまでとは違う、いたずらっぽい笑顔を見せた。
その顔は、もう間違いない。
俺の知る、長妻美波だ。
「あたし。長妻美波だよ。忘れちゃった?」
忘れるわけがない。
さっきも、本当についさっきも。
休憩室で思い出していたばかりだ。
「……忘れるわけねーだろ」
もう俺はこのとき、ウェディングプランナーの藤堂ではなかった。
ただの一人の男の。
いや、あの頃、十三年前の夏までタイムスリップした、十七歳の藤堂明人だった。