神谷ナツカの虚空
俺たちはエントランスの管理人室に向かった。
「すみません、熊谷彩月さんの友達の者なんですが、彼女、突然転校しちゃって連絡先とかもらっていなかったんでそちらにはそのような情報は回ってきていますか?もしそうなら、教えていただきたいのですが。」
普段と違って常識的な口構えで驚いた。こういうのも出来るのに、わざわざ作ってるのか?
「ハァーッ?」
管理人さん耳に手を当てそう言った。年老いた男性だったので、耳が遠いのだろう。仕方ない。
「だ、か、ら、ここに住んでた熊谷彩月さんの、」
「カァーッ、思い出したァ!」
爺さんは手を叩きそういった。
「あのお嬢ちゃんが来たのはナァ、確か3年ほど前だァ!ンでなんの前触れもなくこのマンション出て行ったベや。引っ越しの業者サンも来てないのにのォ。」
「引っ越し屋が、来てない…?」
神谷は誰も気づかないような、微妙なおかしさに気づいた。もちろん、この時俺も気づいていなかった。
「オォ、そうだァ。もし新しく荷物が届いたら送らにゃいかんのに、住所が分からんから、困っとるんじゃ。」
「ご両親とかって、彼女のお父さんやお母さんってどういう職業だったか、分かりますか?」
すると、爺さんは今までと違い
「さあて、そういえばあの子の両親さんとは、挨拶もしとらんのォ。」
本当にいい所に目を付けるもんだなあ、神谷は。
爺さんは目を輝かせて、管理人室の窓から身を乗り出し、こう言った。
「そんなことよりもヒヒッ、あんたもあの子と同じ、いや、もっとめんこいのォ。」
すると、神谷はすっ、と後ろに身を引き、
「ご丁寧に、有難うございます。」
と言った。
「少年。」
ゆっくりと、しっとりとした爺さんの声が聞こえた。俺のことか?
「何でしょうか?」
「あの少女はいずれめんこくなる。取り逃がすんじゃァ無いぞッ!」
爺さんは俺の肩をたたき、何かを託されたような気分になった。大したことは言ってないような気がするが、気分が良かったのでいいか、なんてことを考えながら俺たちはマンションの外へ出た。
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