彼・・・私の天使。

2


「知らなかった。そんなにここに来てたなんて」

「時々無性に食べたくなって。マスターが定休日以外ならここに居るから、いつでも電話してって言ってくれたんだ」

「初めてここに入った時に感じたあったかい雰囲気はマスターの人柄のあったかさだったのね」

「うん。きっとそうだね」

「一つ聴きたいんだけど」

「なに?」

「あの時、ビールを注文したわよね。お酒弱いのにどうして?」

「グラス一杯のビールくらいなら大丈夫だから。あなたに子供扱いされてたの分かってたし、少しでも大人の男に見られたくて。あなたを好きだったから」

「それも知らなかった。知らないことばかりね私……」

「そんなことないよ。今世界中で一番、僕のこと知ってるのはあなただと思うけど」
 そう言って天使は笑った。

「美味しかった。ごちそうさま」

「マスターに、このハンバーグのレシピ教えてって言ったんだけど教えてくれないんだ」

「これが作れちゃったら、ここに来る理由がなくなるわよ」

「それもそうだね」
 天使は笑っていた。

 すると
「すまんかったな留守番。コーヒーをサービスするよ」
 マスターは、また風のように帰って来た。
 入れたてのコーヒーのいい香りがして
「どうぞ。五時に店開けるまで、ゆっくりしてっていいから」

「ありがとう」

 マスターはカウンターの向こうで夜の開店準備を始めていた。

「ドラマ来週から放送だから忙しくて。きょうもこれから朝まで撮影だし」

「朝まで? じゃあ少し休んだら?」

「うん。そうしようかな。マスターごちそうさま、また来るね」

 笑顔で見送ってくれた。



 マンションの駐車場に車を入れて
「どうする? 別々に行く?」

「一緒でいいよ。僕の車はスタジオだから、まだ撮影中だと思ってるだろうし」

 ちょっとしたスリルを味わって部屋に入った。

「良かった。誰にも気付かれなかった。ちょっと待ってて着替えるから。これ仕事着」
 着替えが終わって
「少しでも横になったら?」

「うん。そうする」
 天使はベッドに入った。

「三時間くらいで起こせばいい?」

 手をつかまれた。
「ダメ。いっしょがいい。何もしないから……」

「もう、しょうがないんだから」
 隣りに横になると抱きしめられてキスされた。
「うそつき……」

 天使の笑顔。そのまま目を閉じてすぐに眠りについた。
 寝顔を眺めながら、この笑顔で何でも許しちゃうんだろうなと思っていた。

 そして目を覚ました天使と二人で軽く夕食を済ませ撮影時間に間に合うように彼はタクシーでスタジオに戻った。

 翌週から始まった彼の主演ドラマは作品自体の評判も良く、監督が是非にと言われたくらい彼には最高のはまり役だった。視聴率は一話から期待通りの好調なスタートを切った。
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