彼・・・私の天使。
デート
1
車で迎えに来てくれる? ドライブ? いつものスーツスタイルではなく長めのふんわりスカートにサンダル。長袖カーデの薄手ニットアンサンブル。夏の休日スタイルはこんなもんかしら。五分前に外に出てみると彼はもう来ていた。
「おはようございます」
笑顔の天使が車にもたれて立っていた。
「おはよう。早いのね」
「今、来たところですよ。さあ、どうぞ」
車は走り出した。
「どこへ連れてってくれるの?」
「きれいな景色を見に行こうかと思って」
「ドライブなんて久しぶり」
「僕もです。もう大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。そうじゃなきゃ家でおとなしく寝てる」
「良かった。あの、大事な予定だったんですか?」
「君にお礼する方が大事だったから来たのよ。きょう仕事は?」
「たまたま休みになったんで。僕、塾の講師してるんです。数学の」
「数学? 私、一番苦手だった」
「そうですか? でも分かるとおもしろいですよ」
「だって分からないんだもん……」
「今度、教えましょうか?」
「いい。お店の経理が分かれば充分」
「レストランでしたよね?」
「そうよ。今度お店にも招待するね」
「楽しみだな。お薦めは何ですか?」
「もう全部お薦めよ。本当に美味しいから」
思わず笑顔になる。
「仕事、好きなんですね。見てるだけでよく分かります」
「数学の先生は好きじゃないの?」
「数学を教えてるのはアルバイトなんです」
「じゃあ、本業は?」
「実は役者の卵なんです」
「へぇ、それでいろんな劇団の舞台観てたの?」
「はい。前の事務所とトラブって辞めたんで」
「何かあったの?」
「俳優の事務所なんですけど、ホストまがいの仕事までさせられて……」
「えぇ? それは酷いわね」
「だから今度は、ちゃんとした劇団に入ろうと思って」
「で、見付かったの? 新しい劇団は?」
「それが前の事務所の社長が戻って来いとオーディション受けようとする劇団に手を回して」
「酷い。で、どうするつもり?」
「社長が手を回せない劇団を探してるんです」
「そう。大変なんだ」
「あっ、何かすみません。楽しくもない話をして」
「ううん。俳優さんか。いずれテレビとか映画とか舞台まで、素敵ね。CMのオファーとか、いっぱい来たりして、そういう夢もいいわよね」
「そういえば舞台に興味あるんですか? いろんな劇団の芝居観てたのによく会いましたよね」
「学生時代に演劇してただけよ。これは趣味だから。プロになろうなんて考えもしなかったわ」
「スカウトされませんでしたか? どこかの事務所に」
「まさか。街で声をかけられた事はあるけど、モデルに興味ないですかって」
「それで?」
「どこかのキャバクラのスカウトか何かでしょ? 取り合わなかったわよ」