彼・・・私の天使。
3
車はマンションの前に停まった。
と思ったら、天使が急にアップになって、唇にトマッタ……えっ?
「いつものやさしい香水の香りです。僕の好きな」
天使の顔、キレイだとは思っていたけれど、間近で見るとこんなに涼しげなキレイな目をしてたんだ。
思ったより大きなあたたかな手で肩をそっとつかまれてて動けない。
体が動けないんじゃなくて、私の気持ちが、心が、動けと命令しないから。
私だけを真っ直ぐ見ている目を見つめてしまっていたから。
天使の唇のぬくもりをもう一度感じた時、私の中で何かが小さな音を立てて壊れていった。
「部屋まで送らなくて大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。子供じゃないんだから」
「僕だって子供じゃないですよ」
そんなこと分かってる。ってたった今、分かったばかりだけれど……。
「おやすみなさい」
「おやすみなさい。気をつけて」
「じゃあ」
私がマンションの中に入るのを見届けて彼は車を出した。
部屋に戻ってソファーに腰かけてボーッとしていた。
お姉さんでいよう。そう決めたのにどうしよう。もうお姉さんじゃいられなくなったのよね。
ううん。彼にとっては、ほんの軽い挨拶……な訳ないよね。
後悔してる? 自分に聴いたけど答えは分からない。考えても正解が出ないのなら余計なこと考えるのは止めよう。
もう自分に正直になってもいいんじゃない? さっき私の中で壊れたものは、恋愛に対して心を開かない頑なな自分……。
シャワーを浴びて、もう眠らなきゃ。濡れた髪のままバスルームを出ると携帯の着信音。プライベートな着信? 仕事上の物と音で区別してある。
天使からだった。
「はい。どうしたの?」
「起こしちゃいましたか?」
「ううん。まだ起きてたけど」
「メールにしようと思ったんですけど、声が聴きたくて掛けちゃいました。僕、子供みたいなこと言ってますよね」
「そんなことないけど……」
「本当は……」
「えっ? 何?」
「今夜あなたを帰したくなかった」
胸の中でキュンって音がした。天使にそこまで言われて悪い気はしないけど、のめり込んでしまいそうな自分が怖い。
しっかりしろ! 大人な私! 天使のペースに巻き込まれちゃダメだからね。
明日も仕事。変わらない自分を持っていなきゃ。そう考えながら、いつの間にか眠っていた。