彼・・・私の天使。
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そんな訳で私のマンション一人暮らしは始まった。
自分の部屋にあった物たちと。ほとんどが洋服、靴、バッグ 、あとは、お気に入りの食器たち。
ベッドとドレッサーは買い替えた。新しい気持ちで出発したかったから。
寂しくないと言えば、たぶん嘘になる。
学生時代に憧れても出来なかった一人暮らしが、こんな形で始まるとは思わなかったけれど。
今まで出来なかった事をたくさんしてみよう。もう誰にも叱られない。自由なんだ。気持ちだけは前向きに……。
あれから何年が経ったのだろう。相変わらず私はマンションと仕事場の往復。
父が残してくれたレストランが二店舗。バブルの時も無駄に事業を広げなかった石橋を叩いても渡らない堅実だった父。今頃になって感謝している。
もし閉店するような事になっていたら頑張って来てくれたスタッフたちを切り捨てなければならなかった。
情報誌などにも取り上げられ営業は順調だった。
学生時代から演劇に興味があった私はミュージカルや劇団のお芝居を観ては退屈な一人の時間を過ごすようになっていた。
映画もよく観た。暴力的な物は受け付けないけれど。観た後に心が温かくなるような映画。
気持ちが凹んだ時に、よく観たのは「ローマの休日」。オードリー・ヘップバーンが、とても魅力的でリアルタイムで知っていた訳じゃないけれど、あのアン王女の気品は女性なら誰もが憧れる。
女優さんっていいなと思う。一番きれいで素敵な姿を亡くなって何年何十年経っても観てもらえて称賛される。同じ女として羨ましい。
いろんな舞台を観ていく中で、お気に入りの劇団も見つけた。
見に行く度に、よく会う青年がいた。それが彼だった。
小さな劇団の舞台では、いつも満員御礼なんて訳がない。それなりの劇場に、お客さんが数人なんて事も。嫌でも顔なじみになって話すようになっていた。