彼・・・私の天使。
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「ずっとこうしていたいけど、そろそろバイトの時間です」
彼の顔を見て、思わずクスッと笑ってしまった。
「どうしたんですか?」
「君のランドセル姿を想像しちゃったの」
「可愛かったですよ。見せてあげたいくらい」
「そうでしょうね。今でも充分、可愛いもの」
「まだ子供扱いですか?」
「どうかしら……」
「今すぐ、大人な僕を見せることも出来ますよ」
「えっ?」
「冗談です。詩織さんを傷つけるようなことはしません。大切にしたいと思ってます。あなたが僕を受け入れてくれる気持ちになるまで待ちます。時間は、いくらでもありますから……。あっ、でもきょうは、もう時間です。出かけないと。一緒に出ますか? それともここで待っていてくれてもいいですよ。帰りは十時半くらいですけど。僕のベッドで眠ってても構いませんよ」
「そんな……。帰ります」
「そういうところ、子供みたいですよ」
「今度は私を子供扱い?」
「お返しです」
天使の笑顔。
この笑顔に弱いんですけど、知らないだろうなぁ……。
マンションを出て二人でバス停まで歩く。
「あっ、来ました。じゃあ、また」
「いってらっしゃい」
「いいですね、それ。毎日、言ってもらいたい。いってきます」
いってらっしゃい。いってきます。か……。何か新婚さんみたいだね。子供の頃のおままごと。
私、まだ忘れていないんだろうか。さっき天使に後ろから抱きしめられた時、ビクッて震えた。無意識に……。
嫌だった訳じゃないのに、天使を嫌いな訳じゃないのに、体が勝手に反応した。
あんな人のことは、とっくに忘れたはずなのに、嫌悪感だけが、まだ体に残ってるの?
だとしたら、もしかしたら、天使を受け入れることが出来ないかもしれない。
天使は気付いたんだ。だから、あんなふうに言ってくれた。待ちます……。
部屋に戻ってソファーに座り込んだ。クッションを抱きしめて大声上げて泣きたい気持ちだった。
私はどうすればいい? 遠い昔の亡霊に、まだ悩まされなければいけないの?
自分が情けなかった。結局、私は何にも変わってない。
仕事だけは、ちゃんとやって来た。父が創った会社をつぶす訳にはいかなかった。
社員をその家族を守れるように社長として出来る事は全てやって来た。会社は危機にさらされる事もなく順調にやって来れた。
それで私の人生も満足出来るものだと思って来た。
でも違った。一人の女としての時間を無視して生きて来た。それでいいと思って来た……。