彼・・・私の天使。
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「彼は赴任先で、その女性と結婚して、そのまま帰って来なかった。でも帰ってるのよね。私、見かけたのよ」
「偶然、会ったって言ってました。去年の十月くらいに」
「そうなの? 私には何も言わなかったわよ」
「すごくショックを受けてて……。でももう大丈夫だと思います」
「そう。君が居てくれたからだね、きっと。良かった。そういう訳で彼女は初恋も初デートも楽しくなんて話せないの」
「よく分かりました。でも、すごく傷ついたんでしょうね」
「そうね。想像つかないくらいね。あれから詩織、どんな縁談も告白されても、誰とも付き合わなかった。君が初めてなのよ。大事にしてあげてよね。泣かせるようなことしたら私が許さないからね」
「はい。良く分かってます。大切にしようと思ってますから」
「ところで詩織、元気?」
「お正月に熱を出して。でも治ったみたいです。きょうから仕事してます」
喫茶室を出て女医先生と歩いて出入り口まで来て、ふと受付を見ると、さっき怪訝な顔された受付譲が笑顔で会釈してくれた。
「ありがとうございました」
「いいえ。また何かあったらいつでもどうぞ。受付の子も顔を覚えてくれたみたいだし」
と笑った。
「はい。じゃあ、失礼します」
ジムを出て夕暮れの街を歩きながら無性に彼女に会いたかった。何も言わずに抱きしめたい。
辛い出来事も、あんな華奢な体で受け止めて来たんだ。
一月の夕暮れは風も冷たく吹き抜けて行く。それでも彼女を想うだけで心が温かくなる。
さぁ、これからバイト。受験生には最後の追い込み。
バイトが終わって彼女のマンションに向かう。少しでも早く彼女に会いたい。携帯の呼び出し音も、もどかしいくらい……。
「はい。今どこ?」
「バイト終わりました。もうすぐ着きます」
「ここに?」
玄関のチャイムを押す。
「僕です」