彼・・・私の天使。


 私は以前、勤めていた司法書士事務所を訪ねた。

「おはようございます。先生」

「おはよう。あなたがこんな時間に来てくれると昔を思い出すわね」

「本当に、その節は大変お世話になりました」

「何言ってるの。ところで早速だけど相談って?」

「はい」

 私は彼の身に今、起こっていることを話した。

「契約無効の内容証明を送り付ければ、いいんですよね」

「そうね。それと契約不履行の損害賠償に対する慰謝料請求とドラマの仕事を妨害された事に関する損害賠償も付けて置きましょう。そういう悪徳芸能事務所には、それくらいしておかないとね」

「はい。私が居た頃にもありましたよね。こういう相談」

「あなたが、あのままここに居てくれたらって今でも思うのよ」

「とんでもない。先生みたいに行政書士と司法書士の資格を持って男性の先生方に負けずに活躍するなんて私には、とても出来ません」

「あなたなら出来るって期待してたのよ。でも仕方ない事もあるのよね。ところでその人は、あなたがこんなに朝早くから私のところに相談に来るくらい大切な人なの?」

「えっ? はい……」

「そう。良かったわ。あなたには私のようになって貰いたくないから。私ね、後悔してるのよ。せめて子供だけでも産んでおくべきだったのかなって……」

「結婚は? しないでですか?」

「まあ、するに越した事はないけど、男とは別れる可能性もあるでしょ? 子供は分身っていうか生きがいになるような気がして。ないものねだりかな? 今からでは、もう遅過ぎて無理だから……」

「先生……」

「でもね。あなたはまだこれからよ。子供だって産めるの。結局世の中には男と女しか居ないのよ。お互いが足りないものを補い合って生きるのが本当なんだと思う。今だから言えることなんだけどね。あなたには後悔しないで生きて欲しいから。内容証明は作って発送しておくから、また時間のある時にでも寄って」

「はい。宜しくお願いします。また伺います。じゃあ、失礼します」
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