彼・・・私の天使。
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それから彼女は何か言いたそうに僕を見て……。
でもそのまま車に乗って走り去った。一度も振り返ることもなく……。
一人残された僕は涙が零れそうになって急いで部屋に戻った。
テーブルに彼女が置いた封筒。ソファーに座り込んで手に取った。確かに、きれいに束ねられた一万円札たち。
それと一緒に別の封筒が……。内容証明、僕の名前で……。
「君の力になれると思うから」彼女は、あの時そう言った。じゃあこのお金は?
よく見ると中に淡い水色の封筒が。開けると、きれいな文字が並んだ手紙が出て来た。
前略
同封した内容証明は前の事務所の社長宛に、あなたの名前で出しておきました。もう邪魔をされる事も、お金を要求される事もないと思います。お金は、あなたがバイトを辞めてから役者として収入を得られるようになるまでに必要な時に使ってください。私は何年でも、あなたを待つつもりでいます。
でももしも新しい世界で新しい出会いがあって、あなたが本当に愛する人を見付けるようなことがあったら、その時は私に一通だけ手紙を送ってください。あなたの字で一言さようならと書いて。前に、あなたに預けたままになっているマンションの鍵を入れて。
私は一人でも生きていけるから。あなたに出会うまでは、ずっと一人だったから。あなたが思うより私は強いと思います。きっと泣くと思います。でも大丈夫です。心配しないでください。あなたに出会えてからの数ヶ月、本当に幸せでした。感謝しています。あなたの夢が必ず叶うよう祈っています。今まで、ありがとう。
追伸
一日早いけど誕生日おめでとう。まさか、あなたと誕生日が同じだなんて思わなかったけど。この前のデパートでの買い物。あのマフラーは少し早めのプレゼントのつもりでした。色違いのマフラーは私へのプレゼント。選んでもらったスーツを着て、お店に出ます。あなたに包まれているようで元気に過ごせそうです。たくさんのケーキは何年分かのバースデーケーキのつもりでした。いつか一緒に同じ日に二人でお祝い出来ればと思います。二十八歳のあなたの一年が幸せでありますように。
詩織
僕はもう涙を止めることは出来なかった。僕の方が泣いてる。ぜんぜん大丈夫なんかじゃない。
あなたの優しさが身体中に染みて……。
絶対に一日も早く、あなたを迎えに行くから待ってて。