彼・・・私の天使。
2
三月もそろそろ終わりの良く晴れた定休日。私は用事を済ませ、いつものパン屋さんへ。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ」
「あらっ? 久しぶりね」
バイトの男の子は
「春休みなんで、ちょっと欲しい物もあって」
「バイト頑張ってるんだ」
レジで支払いを済ますと
「あのう、今、お忙しいですか? バイトもう終わりなんですけど、話、聴いてもらえませんか?」
「後は帰るだけだからいいけど。何の話かな? 恋愛相談は無理よ」
二人で近くの公園のブランコに腰掛けた。
「実は僕の両親の事なんですけど……」
「…………」
「去年のクリスマスの後に父に、母と離婚するって聴かされて……。僕の母は中国人なんですけど、離婚したら上海に帰るって言ってて。父からは僕には日本で勉強して日本の大学に行って欲しいと思ってるって言われてたんです。でも母の傍に居たいのなら反対はしないと。両親が時々ケンカしてたのも知ってたし、ずっと、どうしたらいいのか悩んでたんです。友達も、たくさん出来たから僕は日本に居たいと思ってたんだけど……。それが昨日、父が、もう一度母とやり直してみるって言ってくれたんです」
「そう。良かったわね」
「はい。すごく嬉しくて、でもこんなこと学校の友達には言えなくて。なんとなく、あなたなら聴いてくれるんじゃないかと思って」
「君はハーフだったんだ。でも日本語すごく自然よ」
「母は日本に留学もしてたし日本語ペラペラなんです。上海に居た時も学校は中国語でしたけど家では日本語だったから。父が仕事で上海に来て母は通訳をしてて、母が父を好きになって……。でも父には日本に結婚の約束をした人がいたって聴きました」
「…………」
「母は、その頃ちょっと病気みたいになってて、父が仕事で日本に帰るたびに薬を飲んだり手首を……。これは上海のおばあちゃんから聴いたことなんですけど……。その後、僕が母のお腹に居ることが分かって父は日本には帰らず母と結婚したんです。時々考えるんです。僕が母のお腹に居なかったら両親は結婚してなかった」
「どうしてそう思うの? 君は今、何歳?」
「十七歳です」
「だったら分かるわよね。君のお父さんも、お母さんを好きだったから君が生まれた。君は、ご両親に愛されて望まれて生まれて来たの」
「ありがとう。やっぱり聴いてもらって良かった。僕、日本に来てから父が好きだった人って、どんな人なんだろうって時々考えてた。でもいつもあなたの顔が浮かんで……。あなたみたいな人だったら忘れられないだろうなって……」
「もっと素敵な人だと思うわよ。私とこんな話をしたことは、ご両親には内緒ね」
「はい。ヒミツですね」
そう言って笑った彼の笑顔が、ずっと続くことを願った。