彼・・・私の天使。
ジム
1
週に一度の定休日。久しぶりにジムへ行って泳ごうと思い立った。パワフルな司法書士のボスに誘われて会員になってはいるけれど、なかなか通えないでいる。
実は泳げなかった。若い大学生のインストラクターに手取り足取り教えてもらい、やっと平泳ぎが出来るようになった。
早く結婚して、すぐに産んでいたら、これくらいの子供も居たのかもしれない。そう考えると複雑な心境になるけれど……。
久しぶりのプールは心地好かった。泳げるようになり水が怖くなくなった。
インストラクターの高梨 啓( たかなし けい )君が
「佐伯さん、もっと顔を見せてくださいね。クロールもバタフライもマスターしてもらいますよ」
彼はオリンピック代表候補に選ばれた経歴を持ち、肩を痛めて選手は諦めたと聞いた事がある。教える方が性に合っているからと笑っていた。
いろんな人生がある。本当にそう思う。
華やかな場所に立つ人もいれば、特別に称賛される訳でもない、ひっそりした名もない人生も素晴らしい。
どこで何をして生きていても、周りの誰からも愛され必要とされて信念を持ち、人として誠実な生き方。そんな人生が一番素敵なんだと思う。そんな事を考えながら泳いでいた。
次の瞬間、鈍い痛みと水の音が聞こえて……。
深い海の底を一人で泳いでいた。ボンベも無しで泳げるの? 不思議……。これは夢?
向こうに暗い洞窟が。入ってみようか。そう思った時、声が聞こえた。誰? 海の中で声が聞こえるのはなぜ?
そして私は目が覚めたらしい。ここはどこ? 私はベッドに寝かされている。どうやらジムの医務室。何が起きたの?
それより、なぜか心配そうな彼の顔……。
「えっ? どうしたの? どうしてここにいるの?」
「良かった気が付いて。心配したんですよ」
するとドアが開いてジムの医師と啓君が入って来た。
医師は
「気が付いた? お花畑でも散歩してた?」
「海の底の洞窟に……」
「えっ? それ危なかったわよ」
泳いでいて何かにぶつかって気を失い、啓君がすぐ助けてくれたんだそう。
医師は
「診察しますから男性は出てね」
この女医、井口 玲子( いぐち れいこ )中学時代の同級生。ジムで再会した。
有名進学高校から国立大学医学部へ。そのまま大学病院に残り准教授として勤務し教授も目前の時、権力争いに嫌気がさし、今はジムの専属医師をしている。時々飲みに行ったり愚痴をこぼし合う仲。
「あなたが居たんでしょ? 何で彼がいるの?」
「連絡する人でもいるかと思って、悪いけどロッカー開けて携帯出したら、ちょうど掛かってきて事情を話したら彼、飛んで来たわよ。どういう仲?」
「どういう仲でもないわよ。ただの知り合いよ」
「へぇ? ただの知り合いねぇ」