ひと雫おちたなら

「睦ってそんなしゃべるキャラだったっけ?」

「俺はもともとこんなんですよ。この図々しいゆかりさんのせいで乱されてるだけで」

「図々しいって何!?……まあ、たしかに図々しいとは自分でも思うけど」

「明るい新人さんが来て、ホールも活気づいただろ。よかったじゃないか」


矢島さんは厨房にいる時の印象と、こうして私服で笑っている時の印象とでは、だいぶ違う。
仕事中は忙しさのあまり“話しかけるな”オーラがぷんぷんするのだが、今は気さくなお兄さんといった感じ。

歳は分からないけど、たぶん二十代後半と思われる。


「大学一緒なんだろ?ゆかりちゃんも絵描いてるの?」

私と睦くんが同じ大学というのはすでに従業員に知れ渡った事実なのだが、学科が違うということまでは知られていないようだ。

「私は情報デザイン学科なので、睦くんとは大学内で会ったこともないですね」

「あ、そうなの?別なの、学部?」

「はい、違うんですよ」


ついっと隣に視線を送ると、睦くんはやる気のないだらっとした姿勢でテーブルに頬杖をついて焼き鳥を食べていた。

私の話なんて、まるで興味なさそう。

「どう、大学生活は?忙しい?」

ビールを飲みながら矢島さんが尋ねてきたので、即座に首を振った。
むしろ時間ならたっぷりありあまっているからだ。

「もう単位はじゅうぶんだし、じつは就職先も決まってますし。忙しくなるといえば卒業制作の時期くらいですかねぇ」

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