ひと雫おちたなら
ぶはっ!
隣から信じられないほど大きな音、声?
見事に漫画みたいにビールを吹き出し、口元から胸元のTシャツまで噴出物でだらだらにした睦くんが、まじまじと私を見つめている。
「汚ったない!おしぼり!」
吹きこぼした本人が何もしないので、慌ててテーブルに置いてあるおしぼりをヤツに投げつけた。
それでもまだ何もしない。
仕方ないので落ちたおしぼりで睦くんの濡れた胸元を拭いてあげた。
袖の裾と前身頃の部分にダメージのある、私からすれば変なデザインの白いTシャツ。サイズも細身の身体に合わないおっきいもので、よく言えば個性的な着こなし。
「ゆかりさんって、まさか、四回生?」
は?と顔を上げて、眉を寄せる。
言われたことの意味が分からずに、不遜な態度になった。
「言ってなかったっけ?」
「言ってない」
別にそんなの今さらどうでもいいじゃん、と思ったけど、黙ってやりとりを見ていた矢島さんがなにかを悟ってにやりと笑った。
「睦、ちゃんと敬語使えよ。ゆかりちゃんは先輩だもんなあ」
矢島さんの言葉にすべてが集約されていた。
びっくりして目を見開く。
「……え!?睦くん、何回生!?」
「一回生」
「うそ!年下なの!?」
「こっちが驚いてるよ、年上に見えない」
「落ち着きすぎでしょ!」
「そっちが落ち着かなすぎでしょ」
うわあ、三つも年下だったんだ。
終始落ち着いているから気づきもしなかった。
なんとなく、最初からずっとお互いにこんな感じだったし、たぶん同じ四回生なんだと思い込んでいた。
「言っておくけど、今さら敬語なんて使わないからね」
捨てぜりふみたいな彼のそれを、なんて生意気なやつだと口をとがらせた。
先輩を敬えない後輩は、天罰がくだるに違いない。