ひと雫おちたなら

「普段はどんな絵を描いてるの?」

帰り道、試しに聞いてみた。

バイトを始めてから一ヶ月ほどが経って、もうすっかり私は独り立ちして彼になにかを聞くこともなくなっていたけれど、帰りが一緒になった時だけ駅まで並んで歩く。


睦くんは平均より少し高い身長で、それでも目立って長身というわけでもない。
だけど彼だとすぐ分かるのは、だいたいいつも変なファッションをしているからだ。
彼の通う学科は個性的なファッションセンスを持つ人が多いイメージだ。


「これといって描きたいものはないから、その時に目に入ったものとか描いてる」

「風景画とか?」

「まあ、そういう時もある」

「楽しそうだね、その時々で描きたいものを描くって」

軽い気持ちでそう言ったのがいけなかったのか、彼の表情はふと曇った。

「楽しくないよ」

「えっ、そうなの?」

好きで絵画学科に行ってるんじゃないの?


「ただなんとなく描くんじゃだめ。高度なテクニックがあるだけでもだめ。どっちもちょうどいいバランスで描くと納得のいく絵が描ける」

だぼっとしたデニムのポケットに手を突っ込んで、睦くんはうつむいた。足元になにか落ちてないか、探すように。


「ゆかりさんは?就職先、どこに決まったの?」

「名前、言ってもわかんないと思うけど、アザープラントっていう小さいウェブ制作会社」

「へぇ、じゃあウェブデザイナーになるの?」

「うん、一応ね。やりたかった仕事ができそう」

終電までもう少し時間がある。
私も睦くんも、歩調はゆっくりだった。

「その会社は都内?」

「渋谷にあるよ。都内で探してたんだ」

「全部叶ってるわけだ。最高の人生じゃん」

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