ひと雫おちたなら
少しばかりトゲのある言い方だったけど、別に気にはならなかった。
ただし、“最高の人生”というのは違う。
「残念ながら、今現在けっこうプライベートは谷」
「……なんで?」
賑やかな飲み屋街はとっくに抜けており、まもなく駅が見えてくるはずだ。
見えそうでいてまだ見えない駅の姿を見据えながら、ふっと笑いが込み上げてきた。
「彼氏の浮気が発覚しました」
「─────えっ…」
さすがの睦くんも、言葉を失っていた。
「少し前にさ、私の部屋に見たことないリボンのイヤリングが落ちててね。どっかで見たなーって思ってたら、私の友達のだったの。……これ、確信犯だと思わない?」
「同棲してんの?」
「ううん、あっち実家だから、たまに泊まりに来るくらい。たぶんあれだよね、ラブホ代わりに使われたパターンだよね」
すごく気持ち悪くなって、部屋のシーツは捨てて新しいものに替えた。
バスタオルとかフェイスタオルも一新した。
排水溝の髪の毛を掃除するのがすごく嫌で、使い捨てのゴム手袋で掃除した。
全部が汚く思えて、きれいさっぱり部屋中を掃除した。
またラブホ代わりに使われても困るから「田舎から弟が上京してきて、しばらくうちにいることになったから鍵を返して」と彼氏に言って、鍵は返却してもらった。
あとは、別れを告げるだけ。
そこまで説明したあたりで、駅が見えてきた。
「なんでまだ言えないの、別れようって」
「んー、なんでだろうね?」
駅の階段を、睦くんは一段飛ばしでサクサク駆け上がる。私はその後ろを小刻みに一段ずつのぼってついていく。
浮気した相手となかなか別れない謎について、わりと強めに問い詰められた。
「なんでだろうって、みじめにならないの?友達と浮気ってことは、その友達もゆかりさんのことなんか言ってるよ、きっと」
「そうだよねえ」
「気の迷いであってほしいとか、そんなこと思ってるんじゃないだろうね?」
ぎくっ。
心が透けたのか、あっさり睦くんは見破った。
「ゆかりさんって、本当に面倒なひとなんだね」
彼氏も友達も同じ学科だし、別れる云々でなにかと揉めるのも嫌で……というのは言い訳である。
三つ下の睦くんにも丸わかりの私の気持ちは、ひどく滑稽でみっともない。
「面倒なひと」という一言で、思い知らされた。