ひと雫おちたなら
大学の構内で初めて睦くんと会ったのは、油画専攻の生徒が利用する絵画東棟だった。
絵画東棟には二百席ほどの食堂がある。
もっと違うところに三百席ある大食堂があるのだが、そちらはいつも混んでいるので私がよく行くのは絵画東棟の方。
お昼時や空き時間などは、たいてい食堂で友達とおしゃべりをして過ごしていた。
入学した時から仲のいい瑠美と、かけそばを頼んでテーブルにつく。
少し前までもう一人、利麻という子も仲が良かったのだが、今は距離を置いている。
なぜなら、利麻こそが私の彼氏の浮気相手だからだ。
瑠美ととりとめのない話をしながらそばをすすっていたら、後ろから「ゆかりさん?」と話しかけられた。
「え、あー!睦くん!やっと会えたね」
大学内で見かけることもすれ違うこともまったくなかったから、本当に彼はここの一回生なのかと疑った時もあった。
「バイト先でしょっちゅう会ってるのに“やっと会えたね”っておかしくない?」
「睦くんにもちゃんと友達いるんだね、安心した」
「ほら人の話聞かないし」
呆れたような顔をしている彼の後ろで、二人の男子学生が私に会釈しているのが見えて笑みを返す。
「で?彼氏とは別れたの?」
「きゃーーーーーー!こんなところでなんてこと!」
ガタッと椅子から立ち上がり、ニヤニヤする瑠美をひと睨みしてから睦くんに怒りの矛先を向けた。
「協議中なんだからほっといてよ!」
「協議中ねえ」
「浩平くんが別れたくないってごねてるんだよね」
「瑠美!余計なこと言わない!」
勝手に会話に口を挟んできた瑠美は、ひょいと肩をすくめてまたそばをすすり始めた。
そんなことだろうと思った、と失礼なことをつぶやいた睦くんは鼻で笑うと、意地悪そうな瞳をこちらへ向ける。
たまにするんだよな、この顔。
癪に障るけど、もう慣れてもきた。