ひと雫おちたなら
「なんか俺に手伝えることがあったら言ってくださいね、先輩」
「なーんにもない!いいから行って!」
しっしっと追い払うように手を振り、ぺろっと舌を出した睦くんに背を向けて再びテーブルにつく。
はああ、とため息をついていると、瑠美がそばを食べる手を止めて私をじぃっと見つめてきた。
何かを言いたそうにしている。
「……なに?」
「あの子が例の睦くん?」
「うん、そう。生意気でしょー?私のこと年上扱いしてこないんだから!」
「なかなか可愛いじゃない。浮気した浩平くんよりよっぽどいいと思うけど」
そりゃあ、浮気した罪は重い。
浮気を確信した私は、そこから一ヶ月ほど放置。
その間、浩平の連絡はのらりくらりとかわし、利麻にそれとなく聞いたのだ。
“リボンのイヤリングどこかに忘れてない?”って。
すると利麻はあっさり白状した。
涙ぐむこともなく、開き直ることもなく、淡々とした様子で「あぁ、ごめん」とちっとも申し訳ないという気持ちはなさそうな顔で。
『いつ聞かれるかなって思ってた。ちょっとした出来心で何回か』
もっとはらわたが煮えくり返るとか、無性にその綺麗な頬を平手打ちしてやりたいとか、そういう感情が生まれてくると思っていた。
それなのに、私は想像していたよりも冷静だった。
『もういいよ、堂々と浩平と付き合いなよ』
嫌よ、と私の言葉にすぐに首を振った利麻は、冷めた口調でこう言った。
『絶対に嫌。だって浩平は、ゆかりのことが好きなんだもの』