ひと雫おちたなら
電車に揺られて帰路につきながら、ぼうっと八年前のことを思い出す。
『私はサティなら睦くんがよく聴いてるジムノペディよりも、もうひとつの…最後に弾いてた曲の方が好きだなあ』
『ああ、ジュ・トゥ・ヴね』
『ジュ、ジュ…トゥ……、なんだか言いづらい曲名だよね。意味とかあるのかな』
『ちゃんとあるよ』
『なに?』
『─────』
記憶の中の睦くんが答えを教えてくれる前に、私の降りる駅に着いてしまった。
はっと我に返り、慌てて電車を降りようとしてさっきまで座っていた座席を振り返る。
いま買ったばかりのCDが入った袋を置いてきてしまった!
即座に戻って手に取ると、周りの目もあるのでそそくさと電車を降りた。
空調がちゃんと効いているかというとそうでもなかった電車の空気は、まだマシだったなと思うほど外はまだまだ暑い。
今夜も熱帯夜だろうか。
駅のホームの屋根に見え隠れする上限の月を見上げながら、今度はCDを忘れたりしないようにバッグの中へ大切にしまった。
毎朝、出社したらすぐにパソコンにメールなどが来ていないかを必ずチェックしている。
クライアントからの連絡や要望を読んで、なるべく早い時間に返信したい。そういう早い対応が信頼へ繋がることは、この何年かの社会人生活ですでに学んでいる。
その日の朝も、何件か来ていたメールに目を通していた。
一件のメールでふと手を止める。