ひと雫おちたなら
回顧3 わりと好きで
もっとね、自慢できることはさっさと早めに言うべきだと思うのよ。
どうして自分の才能を隠すかなぁ、きみは。


そのへんにあったイスに腰かけて脚を組んで、ため息まじりにそう文句を言うと、似たような種類のため息をつき返された。

「……なんのこと?」

平均台みたいな足場の上で絵を描いていた睦くんが、ジロリというよりはギロリとこちらを睨む。

明らかに邪魔者扱いされてるな、私。

タッパーに入れたブドウを一粒一粒もぎながら、それを口に運んで首をかしげてみた。


「もしかして、邪魔?」

「…もしかしなくても」

「高校生の時に何度かコンテストで最優秀賞もらったり、入選とったりしてるんだってね」

「なんで邪魔かどうかの確認したの…」

「ね、その絵はなに?」


諦めたのか、手に持っていたパレットを台の上に置き、その横へ座った睦くんは脚をぶらぶらさせながら横目で絵を見上げた。

「本音と嘘の狭間」

「─────うーん…」

理解しがたい。

細々とした色が巨大なキャンパスに所狭しと塗られているが、その塗り方や並びに規則性は感じられない。
赤や黒など力強い部分もあったり、透明なようにも見える優しい部分もあったり、抽象的すぎて感想を述べることもできなかった。


「やっぱりコンテストとかで賞をとって、この道を極めようって思った感じ?」

「いや、全然。やりたいこともなかったし、周りに薦められて、それで」

ぴょんと台から飛び降りた睦くんはおもむろに私に近づくと、絵の具のついた指でブドウをつまみ上げると口の中へぽいと放り込んだ。

絵の具ついてるよ、とティッシュを渡そうとするも、いらないと首を振られた。きたなーい。

「将来、絵描きさんになるんじゃないの?画家っていうと高尚な感じがするけど、ほら、雑誌とかウェブサイトと契約して描くような…」

言いながら、まあ、いわゆる“画家”か、と思い直す。
絵画を学んだからといってみんながみんな絵を描く仕事につくかといったら、決してその数は多くないのだが。

なんとなく、睦くんは将来も絵を描いているんじゃないかと漠然と思ったからだ。

しかし、彼はさして興味を示さなかった。

「ピンと来ないな」

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