ひと雫おちたなら
「全然平気。どうしたの?」
『いやー外があまりにも暑くて、耐えられなくてカフェに入ったんだけどね』
「……今日、真夏日だっけ。まだ気温下がらないの?」
たまたまお弁当を作る時間があったから、今日は外でランチをせずに事務所で済ませていた。出勤してから外に一度も出ていないので、外がどれだけ暑いのかは分からない。
朝の天気予報だけは頭に入れていたから、まだ暑いんだろうなと問いかけただけだったのだが。
瑠美は私の質問には答えなかった。
『あのね、ここにね、ゆかりがいるのよ』
「─────は?」
一瞬、聞き間違いかと思った。
それか、彼女の頭が暑さでやられてしまったのかと。それで私のドッペルゲンガーみたいなものを見たんじゃないか。
友人の心身状態が気になり、大丈夫?と尋ねようとした時、瑠美が先に遮った。
『私、なんか見覚えあんのよ、この絵の描き方…』
ハッと息を飲んだ。
「……絵?」
あまりにも唐突で、聞き返すことしかできなかった。
『記憶違いだったかなあ。四回生の頃、油絵専攻の子がゆかりをモデルにして描かなかったっけ?その絵になんとなく似てるような…』
コロン、と再び私の手からボールペンが転がった。
もう、拾い上げる気にもなれなかった。
瑠美はいまいち確信が持てないのか、電話の向こうで自信なさげにそんなわけないか、とぼやく。
『でもこんなところに飾られてるわけないもんね。構図も全然違うし。他に心当たりある?』
「なんてお店?」
『え?』
「絵が置いてあるカフェ、なんていうお店?」
お店の名前を聞いて、手元のメモに走り書きした。
その字は震えていた。
急いで書いたから震えていたわけじゃない。
忘れたと思っていても、やっぱり心のどこかでは忘れていなかったのだ。
……睦くん、元気ですか。