ひと雫おちたなら
「そう、彼氏…この間から付き合ってるの」
「へぇ。……お前、その指、絵画学科?」
ちゃんと返事をした私のことなどどうでもよさげにかわした浩平は、さっきから睦くんのことばかりじろじろと眺めている。舐めまわすように、上から下へ。
テーブルの上に置かれた睦くんの絵の具が落としきれなかった指を目ざとく見つけて、浩平が指摘する。
「はい。絵画学科油絵専攻一回生です」
「名前は?」
「久坂睦です」
……まるで、就職の面接みたい。
なかなかの圧迫面接のように私には見えるが、睦くんはおそらく圧迫感は感じていないのかいつもの温度で受け答えしている。見事なまでの涼しい顔で。
「ゆかりとどこで出会ったんだ?大学内?でも絵画学科と接点ないよな…一回生なんて特に」
おっと、そう来たか。
「俺のバイト先にゆかりさんが新しく入ってきて、それで」
「居酒屋のバイトか。だから反対だったんだよなあ」
チッと舌打ちした浩平は、私に向き直るときつい口調で責め立てた。
そういう態度をするのは、ケンカをする時なんかはしょっちゅうだったので慣れてはいるが、いい気分はしない。
「俺への当てつけみたいにゆかりまで浮気すんなよ!」
「え、開き直るの?」
「俺はゆかりのことが好きだってちゃんと言ったろ?」
「何も信じられないよ。そっちが先に利麻と浮気したんでしょ?悪いけど浩平とは無理だよ。もう私は睦くんのことが……、す、す、す」
あれ?なんで嘘でも「好き」って言えないの?
自分で自分のことがよく分からず、それ以上の言葉が続かなかった。
口をつぐんだ私に、隙ができたとばかりに浩平は攻勢を強める。
「今は盛り上がってるかもしれないけどな、おい、お前、よく聞けよ」
我関せずみたいな態度で悠長にコーヒーを飲んでいる睦くんに、浩平が噛みつく。
いきなり振られて、少しびっくりしたように彼は「あ、はい」とカップを置いた。
「ゆかりは来年には社会人だ。お前はまだ卒業まで三年だろ?お気楽に三年過ごしてる間に、ゆかりだって別ないい人を見つけるに決まってるだろ」
「……はあ」
「浩平、なんか言ってることおかしくない?気づいてる?」