ひと雫おちたなら
「担当の伊佐山が間もなく参りますので、もう少しお待ちください」
こじんまりとした小会議室に通された私は、事務員らしき可愛らしい女性が出してくれた冷茶をじぃっと見つめていた。
美味しそう、今すぐ飲みたい。
それをぐっとこらえ、女性に微笑みを返す。
「ありがとうございます」
会釈して部屋を静かに出ていった女性がくもりガラスの向こうで廊下を歩いていくのを見送ってから、目の前にあるコップをつかんで冷茶を一気に喉に流し込んだ。
……生き返った!!
空になったコップを置いて、仕事モードに戻ってバッグから必要な書類を出し、ノートパソコンを起動させておく。
今日の打ち合わせ内容は、パッケージデザインを新調されたいくつかの商品や新商品に合わせてそのウェブページのデザイン案を数パターン用意したので、目を通してもらうこと。意見をもらうこと。
今後のスケジュール確認もしなければならない。
伊佐山さんは商品開発部にいたというのだから、商品ひとつひとつについて細かい知識もあるだろうし、そのあたりもデザインに反映させていけたらいい。
パソコンの画面が立ち上がるのを見ていたら、くもりガラス越しに、おそらく男性だろう、スーツ姿の人がこちらへ向かってくるのが見えた。
イスから立ち上がって、名刺を準備しておく。
勝手な想像だったのだが、前任の澤村さんが女性だったため後任の方も女性だとばかり思っていた。思い込みというのは仕事において不必要なものだ。
コンコン、とドアをノックされ、失礼しますという遠慮がちな小さな声。
同時に、ドアが開く。
「大変お待たせいたしました」
「いえ、こちらこそ打ち合わせのお時間に遅れてしまって申し訳…」
言いかけて、口をつぐむ。
持っていた名刺をぽとりと落としてしまった。
「ご無沙汰してます、ゆかりさん」
にこっと笑ったその男性は、あの頃とはまったく違う、洗練された印象になっていて。
記憶の中の彼とはおよそ一致するのが難しいものだった。