ひと雫おちたなら

届いた新しい冷茶を再び飲み干した私は、今度こそきちんと仕事をするために彼と向き合う。
少し視線を上げれば睦くんが私の用意した書類に目を通している。なんなんだろうか、この状況は。

簡単に担当者が変わったことを話して、お互いに挨拶を交わしたところで打ち合わせに入ったところだ。


「新しいデザイン案はこれで全部ですか?」

ふと睦くんがそう尋ねてきたので、馴れ合いを封印してうなずく。

「前任の澤村さんから必要なポイントはいただいていたので、それに沿ったつもりです。ですが、睦く…いさ、伊佐山さんからなにかご意見があるのであれば練り直しますので、ぜひ」

どうして苗字が変わってるんだろう、という疑問。

「既存の商品のページに関してはこちらのデザイン案から選ばせていただきます、…少し変更をお願いすることになるとは思いますが。いったん預かりますので、今週中にどれにするか決めますね。これ、パターンの組み合わせは可能ですか?」

「もちろんです、できます」

「今すぐ、というのはさすがに?」

「ものによります。どれですか?」


あの頃のゆるっとした雰囲気は微塵もない睦くんにやや気後れしながらも、平常心を心がけて彼の手元をのぞきこむ。
これとこれ、と二枚ピックアップした彼は、胸元からボールペンを出していくつか印をつけてくれた。

「この色をこっちの色に変えて、逆にここの枠はこちらの二重になった楕円にしてもらいたいんです。ちょっとポップなイメージでやりたいんですよね、家庭用だし」

「それなら今できますね、お待ちください」

「二重の枠の色も指定しても?」

「いいですよ」

色へのこだわりが、明らかに澤村さんとは全然違う。
それは間違いなく絵を学んでいたからだというたしかな証拠だ。


パソコンを操作して指定されたようにデザインを変更していると、彼が画面を食い入るように見つめている。

その真剣な横顔は見覚えがあった。
こういう顔を、八年前もしてたな、なんて。
絵を描く時は、たいてそんな顔をしていた。

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