ひと雫おちたなら
4 あふれてる
まあ、ここは当然、そうでしょう。
私じゃなくても同じ選択をするひとは、きっと割合的には多いと思う。というかむしろ、この選択をしないひとは絶対にマイノリティーだ。
「遅くなってごめ…、すみません。ちょっとトラブルがあって抜けられなくて」
「無駄に敬語使うの、やめてくれない?」
「分かりました、田中さん」
「いいえ、伊佐山さん」
再会を果たした数日後、私は睦くんに連絡した。
そりゃあ、あんな形での再会となれば連絡しないひとはほとんどいないはずだ。
創作イタリアンのお店で合流したあとは、とりあえずビールと適当な料理を見繕って頼み、合わせて私が店員さんに「灰皿も」とお願いしたのだが、睦くんがそれを止める。
「灰皿はいらない。……あれ、ゆかりさん、もしかして吸うようになった?」
「えっ、タバコやめたの?私は相変わらず非喫煙者だよ?」
「俺は電子タバコに移行しました」
なるほど、時代の流れってやつだ。
店員さんがいったん姿を消したところで、目の前に座って緊張気味の表情を浮かべる睦くんに早速切り出す。
「なんかさ、前触れなく再会したからどこをどう突っ込めばいいか分かんないんだけど、ひとつずつ聞いてもいい?」
「うん、いいよ」
あまりにあっさり了承されたので、おや、と首をかしげてしまった。
目を瞬かせている私を、睦くんは八年前と変わらない、落ち着いた笑みを浮かべて見ている。
髪型や服装は変わってしまったけれど、本質は変わらないような、そんな笑みだった。
「ど、どういう心境の変化でスーツなんか着ちゃってるわけ?」
「……まさか最初の質問ってそれ?」
絞り出した問いに、あからさまに不満そうに眉を寄せられて、仕方ないでしょと言い返した。
「“あの睦くん”がこんなふうになってるって、想像もつかなかったんだもの」
「いち社会人として、会社員として、最低限の身だしなみだと思うんだけど。そんなに似合ってない?」
「ねえ、私服はどんなの着てるの?やっぱりダラっとした感じのやつ?」
「…話を聞かないのは変わらないんだね、ゆかりさんも」