ひと雫おちたなら
最初から、すでにほかの人とは違う雰囲気を持っていた。
愛想もないし、最初に目が合ったきりこちらを見もしないし、絵を描く作業に戻っているし。
私が何者なのか、気にもならないようだ。
「今日からお世話になります、田中ゆかりです」
「どうも。久坂睦です」
「美味しそうですね、この絵」
「そう思うならどうぞ、食べてみてください」
「……え」
何言ってんの?とまじまじ彼の横顔を見るも、目は合わない。
「美味しそうって褒め言葉じゃないから、嫌い」
ぼそりとつぶやいた彼に、なんと返そうか迷っていたらガチャリとドアが開く音がして小塚店長が戻ってきた。
「あー!睦くん、ここにいたの?」
「はい、ずっといます」
「ホールのみんな探してたよ!ちゃんと声かけてきなさいよ!」
その言葉でむくりと立ち上がった彼は、ぐっと背伸びしてから少し不満げに眉を寄せた。
「まだ完成してません」
「どう見たってもう完成してるでしょ?もうこっちはいいからホールに戻って」
ほらほら、と彼の背中を強引に押していた店長が「あ、そうだ」と足を止める。
「ゆかりちゃんとは?自己紹介は…」
「今しがた」
「そう。あなたたち同じ大学みたいだけど、顔も知らない?」
「知らないです」
えっ、と驚いたのは私だけ。
この感じだと、彼は何を言われても聞かれても、びっくりすることはなさそう。つねに一定の温度を崩さない。