上司との同居は婚約破棄から
歩道橋の欄干から下を覗き込んでいた私に高宮課長が声をかけたあの日。
突然、ここへ住むことに決めた日。
あの日も急に連れていかれた。
嫌な顔1つせずに招き入れてくれた奥様は突然来たどこの誰とも知らない初めましての私にも手料理を振舞ってくれた。
「よく来てくれたわ。」
微笑む姿はマリア様のようにまぶしかった。
「本当にな。
俊哉も遠慮なくもっと来ればいい。」
屈託なく笑う菊池さんは人好きのしそうな穏やかな人。
高宮課長が纏う雰囲気もどこか気を許していることを感じさせた。
返答自体も仲の良さが垣間見える。
「馬に蹴られたくないんでね。」
そんなこと言われたら私の方こそ居た堪れない。
「すみません。急に見ず知らずの私が押し掛けるような真似……。」
菊池さんは微笑んでフォローしてくれた。
「いいんだ。いいんだ。
俊哉のこういうお願いは大歓迎だよ。」
意味深に告げる菊池さんに高宮課長は溜息混じりに弁明する。
「愛梨さんの手料理が美味いからな。」
「まぁ。それは嬉しいわ。」
「おいおい。俺の嫁だぞ。惚れるなよ?」
素敵な大人の人達が軽口を言い合って柔らかい表情を向け合う。
まぶしい世界。
私とはどこか遠くの、テレビの画面を見ているような気持ちで3人を見ていた。