キミに降る雪を、僕はすべて溶かす
そうかも知れないね。
あたしの頭に繋いでない方の掌を乗せ、そっと撫でてながら彼が言った。

「お母さんも、幼いりっちゃんへの親心はあったと思うんだ。でも、隆弘に同じように向けられてたかは分からないし、少なくても隆弘はそうは思ってなかった。・・・自分達を捨てようとしたって聴いた時も、“ああ、そうか”って。りっちゃんを守るって決めたのはその時からだって、あいつは笑っていたよ・・・」

儚い微笑を浮かべ、池の方を見晴るかすミチルさんの視線を、あたしもついと追う。


そんな衝撃的な過去があったなんて驚いたし、まだ半分くらい嘘だって思いたい。
お兄ちゃんの、大雑把なくせに過保護でひたむきな、あの愛情に育てられてなかったら。信じらんないままだったかも知れない。

「・・・・・・どうしてお母さん」

そこまで口にしかけて止めた。
戻された眼差しに、苦笑い気味に小さく首を横に振ってみせる。

「理由はどうでも、事実は事実だもんね」

思い出した。お母さんが死んだ時、お兄ちゃんは怒ったように口を堅く結んで泣かなかったこと。

それでもお母さんは、ちゃんと警察にあたし達を迎えに来たんだ。
何かを思って、子供を置き去りにして。
何かを思って、それを悔いた。

お兄ちゃんは赦せなかったのかな。
裏切られた悲しみを、ずっと消せずにいたのかな。
何にもなかったみたいに、あたしの前じゃ痛くも痒くもないってカオして、背中は傷だらけで・・・!

「ぜーんぶ独りで抱え込んで、自分はさっさとお墓の中って。・・・お兄ちゃんもお母さんも、ほんと勝手だよ・・・っっ」

なんだかあたし一人、仲間外れにされてた気分。
家族だったのに。
なんにも知らなかった。
子供扱いもいい加減にしてよ。

「お兄ちゃんのバカ・・・。あたしばっかり守ってもらったって、そんなの全然うれしくない。じゃあ、お兄ちゃんの人生ってなに・・・? あたしのことばっかりで、自分のこと後回しで・・・! あたしだって、お兄ちゃんにシアワセでいて欲しかっ」

ほしかったのに。
涙声に変わった最後の言葉は。言い切る前に、ミチルさんの胸元に埋もれて無くなった。
痛いくらいに抱き竦められて、ちょっと苦しかった。

「・・・ミチルさ・・・」

小さく漏らせば、ことさら腕に力が籠もる。

「・・・・・・そう、したかった」

頭の上で振り絞るような声が低く、くぐもって聴こえた。

「・・・僕が。溶かしてやりたかった。隆弘に降る雪を残らず、すべて僕が」
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