ビロードの背中
部屋に戻った。

時計を見ると21:10だった。


「売店の金額、いくらだった?私、出すよ。」

「もう、姉さん。恥かかせないでよ。

これくらいの金はあるよ。」

これは男の見栄というものだろうか。



思い出してみれば、今までも私達はずっと割り勘定で、

彼に食事代を支払ってもらったことはあっても、

私のほうが多く払ったことはほとんど無い。



彼は駆け出しの絵本画家。私は企業の係長。

彼の収入に比べたら、私は大金持ちなのに。

しかしここは、若さゆえの見栄に乗らせてもらうことにした。


「ありがとう。ごちそうになります。」



ビール、コップ、おつまみなどを用意すると、

テーブルを前に、私は彼の左側に並んで座った。

彼の顔がグッと近づく。

口元とアゴに薄っすらとひげが伸びてきている・・・。


「はい、旅行にカンパイ!」

とコップを鳴らしたものの、最初のおつまみはアイスクリーム――。



< 90 / 201 >

この作品をシェア

pagetop