胸騒ぎの恋人

「――あぁ、竹内とは面接で会ってるよな。うちの
 チーフAD(アートディレクター)だ」

「よろしく、頑張ってね」


 銀縁メガネをかけた切れ長の瞳は、パッと見冷たい
 印象を与えがちだけど、柔らかく微笑んだ笑顔は
 とても人懐っこくて温かだった。
 確かこの人って、開発部創設以来の生え抜きメンバー
 だっけ。

 やだっ、私ってば緊張してきた……。


「よ、宜しくお願いします」

「その隣は同じくADの倉石和也、次が安倍めぐみ、
 チームの最年少で確か北大出身だったな?」

「はい――よろしくね、都村さん」

「こちらこそ宜しく」

「その隣がWebデザイナー・寺沢要」

「分からない事は何でも気軽に聞いてね」

「はい、ありがとうございます」

「次が安倍まなみ、公認税理士でうちの金庫番だ」

「よろしく都村さん、仲良くやってきましょうね」

「は、はい、こちらこそ宜しくお願いし――」

「―― 遅いぞっ、冬木。今月に入って何度目だ?」


 手嶌さんの愚痴と渋顔も素知らぬ素振りで、
 現れたもう1人のメンバーは。
 金髪に染めたヘアースタイルが印象的な男子スタッフ。


「(う)るっせぇな、小言はアタマに響くんだよっ」

「夜遊びも結構だが翌日の仕事に支障が出るような
 無茶は慎め」


 その冬木と呼ばれたメンバーは不快さを隠そう
 ともせず、私を怪訝に見た。


「何? お前 ――」

「今日から入った新メンバーの都村だ」


 その冬木さんが自分の席へ向かう為、
 私とすれ違った時言った言葉が私の
 心に棘となって突き刺さった。


「あぁ、ボスのおきに、ね……」

「!―― おきに?」


 ピン、ポン、パン、ポ~ン――――

 企画開発部、手嶌部長、1階受付に
 お客様がお見えです――。

 と、手嶌さんを呼び出す社内アナの声。


「じゃ、安倍くん、都村にひと通りの日常業務
 教えといてくれるかな」


 と、安倍さんに私を託して手嶌さんは去って行った。


「女はいいよなぁ~、イザって時は奥の手でいくらでも
 美味しい仕事もゲットし放題だし」


 遅刻を皆の前で咎められた冬木さんはまだ、
 ハラのムシが収まらないといった様子で
 聞こえよがしの嫌味。
 今日入ったばかりで波風を立てるわけにもいかない
 私に代わり、同性メンバーのまなみさんが険しい表情で
 冬木さんに言った。


「それ、どーゆう意味かしら? 冬木くん。
 いい年して、言っていい事と悪い事の自己判断も
 出来ないの?」

「あぁ、気に触ったならすいませんね。
 オレが言ったのはあくまでも一般論っすから。
 それに、今回の一般公募では50人近い応募が
 あったのに、そんな中で一番評価の低かったこの女を
 何故わざわざ選んだのか?
 オレは納得したわけじゃない」

 
 一番評価の低かった――?


「たっちゃん……」

「あの、都村さん? もちろん、ちゃんとみんなで
 話し合って決めたんだからね」


 って、寺沢さんはとりなしてくれたけど……。
 冬木さんの不機嫌さの原因の一端は、
 私の新加入にあるのだと分かって、
 一気に気分が凹んでいった。
 勢いづいた冬木さんの言葉がさらに私を追い詰める。


「はっ! あれが話し合いって言えるのかぁ?!
 オレらが何を言おうが結局ボスの ”こいつがイイ”
 のひと言で決まりだったじゃん。
 即戦力になりそうな人材だっていたってのに、
 特に何処って取り柄もねぇこいつの何処が
 良かったんだか」

「いい加減にしろっ、冬木」

 どうやら決まった席があるのは責任者の手嶌さんとチーフ・
 竹内さんだけで、後の皆さんは自由な場所でそれぞれ仕事を
 している模様。

 冬木さんは竹内チーフにまで厳しい口調で嗜められ、
 憮然とした表情で渋々引き下がる素振りで、
 だけど自分の席へ向かう間際とどめのキツいひと言を
 言い捨てて行った。


「ま、連れて歩くペットが欲しいなら
 ちょうどいいかもなっ」


 !! ペット――。私が……??


「冬木っ!――ったく、あいつはいくら2日酔いで
 気分悪いからってしょうがないな。
 あ、都村さん? あいつには後できつく注意して
 おくから、あまり気にしちゃダメだよ」


 って、寺沢さんも優しく言ってくれたけど。

 ペットだよ ―― ペット。
 
 気にするなって、そりゃ無理でしょ。

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