やさしくしないで ~なぜか、私。有能な上司に狙われてます~
「何回、練習したんですか?この料理作るために」
「1回……いや。2回かな」
「私の為にですか?」
「まあ、そうかも知れない」

課長は、いいから返せと言ってレシピを私から取り返そうとしてくる。
「何でもできるふりして、陰で練習してたんですね。私の為に?どうしてそこまで……」
笑っていた課長の顔が、急に変わった。
まっすぐに私を見つめて言う。

「君と同年代なら、こういう時に失敗しても許されると思う。
でも……俺の立場とか年齢で、君の前で失敗するわけにはいかないだろう?」
目の前に、いつもの自信たっぷりの彼の表情ではない、普通の男性の顔があった。
すぐに走り出して、抱きしめたくなる。

「そうなんですか?私、そんなこと気にしませんけど」
「君の前で頼りないって思われたくなかった」
「そんなこと、絶対に思いません」
「都……ご褒美のことなんだが」
「何ですか?」
「キスじゃだめか?」
「いいですよ。どこにしたらいいですか?」
私は、課長に近づいて行った。

「キスして欲しいんじゃない。キスしたいんだ」
私がうなずくと、ゆっくりと彼が近づいてきてキスをしてきた。
触れるような軽いキス。
普段、仕事では自信たっぷりな人が、不安そうな目をしている。
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