やさしくしないで ~なぜか、私。有能な上司に狙われてます~
どうしたものか。
ぼんやりして廊下を歩いていた。

「神谷さん、ちょっと」
廊下ですれ違いざまに声をかけられた。
声をかけて来たのは、水口さんだった。彼女の香水の匂いと優雅に波をうった髪で姿が見えなくっても彼女だと分かる。
私は、仕事の依頼かと思って身構えた。
「違うわよ。仕事じゃないから、メモは取らなくていいわ」水口さんは珍しくフレンドリーだ。

「はあ」仕事以外に何だろう。
「あのね、ちょっと話があるの」
「はい」普段より親しみを込めて微笑む彼女の態度に、私は警戒度を高める。
「ちょっと、一緒に来てくれないかしら」
「これからですか?」やっぱり仕事のことかな。
水口さんは、営業スマイルを向けた。そして、絶対に譲らないと言うかわりに、私の背中をとトンと手で押した。
「そう。あと、一時間もすればお昼じゃない?」私は、すぐに断ろうとして時計を見る。

「一時間もすれば、ですよ。それに、仕事があります」
「ああ、だから一刻も早く話したいんだってば」
「話なら、ここでききますから。さあ、どうぞ」
「こんなところじゃ、話せないし。立ち話は疲れるから。お昼食べに行こうかと思うの」
「えっと……」なんだ。仕事じゃないのか。
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