月之丞の蔵
「ひ、ひ、人違いだと思います」

咄嗟に叫んだ声が裏返った。
目を丸くする彼を刺激しないように、私はなぜかにっこり笑いを浮かべて、ゆっくりと後退する。

すぐ後ろが階段だったはずだ。

「人違い? 馬鹿を言うな。お前は姿も声も、雪ではないか」

彼が私の方へ一歩踏み出した瞬間、私は階段の一段目を後ろ足で確かめ、振り返ると一気に階段を駆け上った。

「おいっ雪! どこへゆく! また逃げるのか!」

 また、って。……一体、誰と間違えているんだろう。

 私は元の木箱の中へ戻ると急いで扉を閉め、木箱の蓋も閉め、ついでに蓋の上に石臼を置いた。
 蔵の外に出ると辺りはもう薄暗くなっており、私は灯りのもれる母屋の方へと走った。

「どうした? そんなに息切らして。幽霊でも出たかい?」

母屋の座敷に座りながら笑う叔父に、そうだ、とも言えず、私は曖昧に笑って、上がり框の上にへたり込んだ。初めて見る囲炉裏では薪が燃えており、吊られた鍋の中ではたくさんの茸が煮えていた。

「ちょうど夕飯に呼びに行こうと思ってたところでな」

 叔父は私にご飯と漬け物、そして鍋をすくった椀を渡すと、自分も座った。

「山菜ばっかりで見た目は悪いが、うまいんだ。食べてみな」

「あっはいっ。いただきます」

 あの幽霊は誰なんだろう。この家に関係のある人なのかな。叔父に聞いたら何かわかるだろうか?

 私は料理を味わうことも忘れて、さっき見た幽霊で頭の中がいっぱいだった。

「あの……あの蔵、あの蔵は、いつ頃できたものなんですか?」

 叔父は二、三回まばたきすると、箸を置いて腕組みした。
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