月之丞の蔵
数分……いや二、三時間が経っただろうか。
鼻腔に覚えのある香りを感じだ。

……あの匂いだ。甘い、爽やかな匂いがする。

また例の夢だと思って周りを見ると、蔵はなく、薄暗い、狭い部屋の中。
そう、あの地下室だ。ろうそくの炎がちらついている。

……温かい、と思ったら、誰かの胸が顔の前にあり、体を強く抱きしめられていた。私はTシャツではなく、着物を着ており、甘い香りは着物から香った。

「……雪」
「……月之丞。ね、着物に焚きこむのって、この香じゃないとだめ?別の香もさ、つけてきてみたいの」

 私の口から、勝手に言葉が流れている。まるで他人の人生を追体験しているみたいだ。
肩をそっとつかまれ、お互いの体が少し離れる。顔を見上げると、なんと、今日あの蔵の中で見た、幽霊の顔そのものだった。

「ああ、必ずその香だ。お前の、雪の身体のためなんだよ」

月之丞と呼ばれたその男の人は、優しく微笑み、もう一度強く私を抱きしめた。
私は温かく安心した気持ちで、その胸に顔をうずめる。

「月之丞……温かい、乾いた麦わらみたいな香りがする」
「雪は甘い匂いだな」
「……もう。それは、香の香りでしょ」
「それもそうだ」

優しい眼差しが私の目を見る。

……ああそうか、わかった。
きっと二百年前にも雪という人がいて、私はその人の人生を夢でみているのだ。
二百年前にいた、雪という女の人……どんな人だったんだろう。
頭の奥で考えていると、視界がだんだんとぼやけていった。

翌朝。私は朝食を食べるとすぐに蔵へ向かった。

昨日の扉を用心して開き、こわごわ階段を降りていく。
地面に降り立ち、懐中電灯と視線を同時に上げる。と、部屋の隅に、昨日の幽霊がこちらを向いて立っていた。
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