旦那様は溺愛暴君!? 偽装結婚なのに、イチャイチャしすぎです
そしてやってきた会社は、まだあまり人がおらず建物自体が静かだ。
人の少ない社内、新鮮だな。
フロア一番奥の部屋に向かい、廊下を歩くとコツコツとヒールの音が響く。
その音に耳を傾けていると、どこからか人の声がかすかに聞こえた。
つい目を向けると、そこにはガラス張りのミーティングルームがあり、その部屋の端には津ヶ谷さんと乾さんがいた。
こんなところで話していたんだ。
確かに、ここは営業部の人くらいしかこないからあまり目につかないかもしれない。
それにたまたま見かけたなにも知らない人なら、仕事の話をしているようにしか思わないだろう。
どんな話をしてるのかな。
関係ない、そう繰り返しながらも、知りたい。
そんなことを思いながら、それでも目を逸らそうとした、その時だった。
視界の端で、ふたりの影が重なり合うのが目に入る。
つい再び目を向けると、乾さんは津ヶ谷さんを抱きしめていた。
それはまるで、思いが通じた喜びを表すかのような抱擁だった。
その光景ひとつで、胸の中のなにかがガラガラと音を立てて崩れるのを感じた。
呆然と見ていると、不意にこちらを見た津ヶ谷さんと目が合う。
咄嗟に逃げ出してしまうと、追いかけるようにミーティングルームのドアが開く音がした。
「彩和!待て!」
名前を呼ぶ津ヶ谷さんの声から、逃げるようにフロアをかける。
いやだ、こんなぐちゃぐちゃな気持ちに触れられたくない。見られたくない。
そんな一心で上のフロアへ逃げる。
けれど高いヒールの足元はそんなにスピードなど出ず、階段を登りきったところで彼に腕を掴まれた。