旦那様は溺愛暴君!? 偽装結婚なのに、イチャイチャしすぎです
「ねぇ聞いた?津ヶ谷さんの彼女の話」
全く聞こえていない態度でパソコンを見るけれど、『津ヶ谷さん』の名前に思わず聞き耳をたててしまう。
「あれ、乾さんのことだったらしいよ」
「そうなの?あ、でもあのふたり一時期噂もあったよね」
「うん。乾さんくらいの美人なら嫉妬する気にもなれないわー」
津ヶ谷さんの彼女は、乾さん。その噂はすっかり回ってしまっているらしい。
誰かわからなかった時点ではキーキーと騒いでいた女性社員たちも、相手が美人で仕事もできる乾さんとなると納得してしまうらしく、それ以上表立って騒ぐことはなくなった。
やっぱり、津ヶ谷さんは乾さんとよりを戻したのかな。
好きだった元恋人が本当の自分を受け入れてくれた。やり直さないわけがない、よね。
無意識にため息がひとつ出てしまったことに気づいて、気を取り直し仕事モードに頭を切り替える。
気にしない、気にしない。
私には涼宮くんだっているんだし。
そう、これまでそうやって普段のつらいことも好きなことだけ考えて乗り越えてきたじゃない。
だって、私には涼宮くんがいればいい。それだけで胸がときめいて幸せになれるんだから。
そう言い聞かせるかのように、スマートフォンのフォルダ内の涼宮くんの画像をこっそりと見る。
……なのに。
今、この胸がこんなにもときめかないのは、どうしてだろう。
こみ上げるのは、悲しさと虚しさばかり。
そんな感情を堪えて荷物をまとめ、営業へ向かおうとオフィスを出る。
そしてエレベーターで一階に降り、エントランスを抜けようとした、その時だった。
「あら、彩和さん」
ちょうど目の前に現れたのは、ショートカットに真っ赤な口紅の女性……そう、津ヶ谷さんのお母さんだ。