旦那様は溺愛暴君!? 偽装結婚なのに、イチャイチャしすぎです
津ヶ谷さんのお手伝いさん、つまりは身内の前で、『ただの後輩』を名乗るか『婚約者』を名乗るか。
私にはその二択しかないというわけだ。
ど、どうしよう。いや、どうしようもなにもいきなり結婚はないでしょ。
相手があの津ヶ谷王子だとしてもないけれど、さらにそれがただの外面で、本当は偉そうな男だとわかったうえなら尚更。
じゃあここで『ただの会社の後輩です』と言って帰る?
いや、そんなことをすれば明日、絶対会社でバラされる。
『桐島さんって昼休みにひとりでアニメの動画とか見てるらしいよ』
『なにそれ、オタクじゃん。引くわー』
『普段完璧なフリしてても裏でなにしてるかわからないよね』
皆が噂をひそひそと話す。そんな光景が簡単に想像ついて、背筋がゾッとした。
見た目も仕事も振る舞いも、多少無理をしてでも完璧に近づけるよう装ってきた。
これまでの苦労が無駄になる。そんなの絶対にいや。
それに、否定をされたり引かれたり、あの頃のような思いをするのはもういやだ。
……絶対に、いや。
その思いが胸にぐっと込み上げた瞬間、自分の中でなにかが吹っ切れた音がした。
そして、意を決して口元に笑みを浮かべた。
「は……初めまして。津ヶ谷さんと結婚を前提にお付き合いをさせていただいています、桐島彩和です」
肩を震わせ、引きつりそうになる顔を必死に笑顔でごまかす。
それを見て、隣に立つ津ヶ谷さんがフッと笑うのを私は見逃さなかった。
そんな私に、小西さんは「あらあらあら!」と嬉しそうに表情を明るくした。