溺甘系朧咲夜【完】


簡単だ。俺はその答えを持っている。


たった二文字で表せて、それ以外にどう形を変えても同じ場所に行きつく言葉。


一番、咲桜にささやきたい言葉。


けれど。


「……可愛い」


「っ、それも嬉しい、ですが……――」


「ほんと、咲桜が一番大事。ずっと一緒にいたい。笑っていてほしいし、泣きたくなったら俺のところで泣いてほしい。何時間でも、咲桜のために胸を空けておくから。俺に怒ったときは、隠さないで言ってもらいたい。直せることなら全部直すから。咲桜を――


「ちょっ、先生っ? どうしたんですかっ?」


「ん?」


「泣いてるじゃないですかっ。ちょっと待ってください」


そう言ってスカートのポケットから小さ目のハンカチを取り出して、俺の目元にあてた。


あれ? 俺、泣いてたの?


「……言いたくないこと、でしたか?」


そう言う咲桜の声は、申し訳なさの響きだった。


違う。そんなんじゃない。


……咲桜がほしい言葉を、俺は言えない。


伝えては、いけない。


それが、今は、であってほしい――。


「……今は、咲桜がほしい簡単な言葉を、言えないんだ」


俺の非道い言葉に、すっと、咲桜から表情が消えた。

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