自由という欠落
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Yが初めてクラスを受け持ったのは、教壇に立って二年目だった。
公立の中等部の数学教師は、教員の間でも人気が低い。ただでさえ睡魔を誘う分野の話を、さして興味もない生徒らの前で、長々と続けなければならないのである。しんとした教室で黒板にチョークを走らせられるだけ、恵まれている。
「Y先生。今月の美化委員の目標は、決まった通りで良いですか」
「えっ、あ、え?」
「あー、先生、聞いてなかったー。私はちゃんと、先生の授業、板書まで真面目にしてるのに」
木材と埃の匂いの入り混じった教室に、どっと陽気な声が上がった。紺色と白の制服に身を固めた生徒らが、相好を崩してに注目している。
Yは委員長を務める暮橋の目を盗む思いで、彼女の均整のとれた文字を追う。今しがたの決定事項とやらが、深緑に白字で刻まれていた。
「ごめんね、うん、異論なし」
もう、しっかりして下さいよ。
口数の少ない一年生の並んだ窓際から最も離れた廊下側にいる生徒達は、未だ物珍しいネタを見つけた新聞部の生徒よろしく目を細めている。受験を控えた彼らないし彼女らにとって、昨年までは面倒な仕事でしかなかった会議でさえ、ささやかな息抜きになるようだ。