自由という欠落
Yが初めてのクラスを持って半年が過ぎた。
いつとはなしに目で追っては密かに癒しの供給にしていた少女達の輪に、目当ての姿を見かけることが減ったのは、新たな季節が息差していたこの時期だ。
暮橋がどこへ抜け出しているか。
休み時間まで決まったグループに所属していなければいけない規則はない。学校側にしてみれば、生徒の一人が所定の場所にいないところで何ら問題もないのだから、抜け出しているというのは語弊があるが、Yは目新しい光景に求めていた姿を認めた途端、溜飲が下がった。
そこにいたのは、彼女こそ天上から迷い込んできた類の容姿をした少女だった。
暮橋と同じ、白いブラウスに紺色のブレザーを重ねて、ボックスプリーツのスカートは膝小僧が隠れる着丈。学校指定のくるぶしソックスに白い上靴という、公立の学校にしてはあまりに謹厳な一式を、一点の緩怠もなく着用している。従順は暮橋にも当てはまるが、裏庭の隅で彼女と肩を並べたその少女がとりわけYをはっとさせたのは、それだけしかつめらしい出で立ちにも関わらず、まるで野暮ったさがなかったからだ。
ふと、羨望がYをすり抜けていった。
少女の濡れた艶が白金の輪を被せる黒髪は、きっと少しの抗いもなく暮橋の細い指を通す。懐こい顔には暮橋ほどの明朗さはない代わりに、神秘的な輝きがある。白い頬は化粧もしないで薔薇を垂らしたミルクの色、愛しか知悉しない瞳は濃く長い睫毛の下で、親しい上級生に完膚なきまでの微笑みを向けている。鞄より重量のあるものを担いだことなどなかろう肩はなよらかで、けだし暮橋に抱き寄せられるために存在している。
羨望は瞬く間に得心になった。
名前も知らない華やかな少女。否、知っている。美化委員の一年生だ。学校生活に慣れないこの学年の生徒らは、滅多に発言しないから、教師の印象に残りにくい。
それにしても彼女の名前を思い出すなり、Yは今後の教師としての自分の器量を危ぶんだ。こうまで忘れ難くなるような生徒を定期的に見かけていたくせに、すみやかに名前を思い出せなかったとは。…………
幼い美少女は、教師らの寵児に釣り合っていた。
男子生徒、女子生徒間の、不純異性交遊を禁ずる。
女子生徒である彼女らが、校内の木陰に潜んで唇を重ねていたところで、Yに校則違反を咎める権限はない。無垢で無知な指を絡めて。