自由という欠落
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筆を置いた岸田の指は、芸術を解放された悦楽の海に、Yを泳がせた。あらゆる体液の混じった潮汐波が過ぎ去ると、二人の女は枕を並べた。着衣した肢体は未だ微かな顫えをくるんで、火照っている。
「Yちゃんが先生を続けてくれていて、良かった。私にはYちゃんが必要だったから」
岸田の語調が引き締まったのは、今しがたYが懐かしい名前を呟いたからだ。彼女はその名前を禁忌にしているところがあるが、Yにしてみれば深い意味はない。三年前の夏が迫るこの季節、Yにとって印象深い生徒が一人、彼女のクラスを去ったというだけの話だ。彼女が生きていれば、今年は進路を決めていた。ぱっとする成績の生徒ではなかったが、もしYが内申書を書いてやれたとすれば、間違いなく色眼鏡を通していた。
岸田が懐こい声に合わせて、しとりを含んだ腕をYに絡めた。
扇情的な恋人の重みに微かな溜息を吐き出しながら、一方では、のぼせていたYの胸裏に次第に乾きが広がっていく。