自由という欠落
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飛翔し損ねた少女は、ひと月後、深夜の私室で大量の薬を嚥下した。
暮橋の両親とマスコミの紛紜、公の機関による校内への立ち入り調査、教師や生徒が負った精神的ショック。…………
Yの悪評は引火が燃え広がる勢いで広がった。追いつめられていた生徒を見て見ぬ振りで見捨てた教師。暮橋が職員らの人気を集めていたのもあって、担任への攻撃は日に日に陰湿さを増した。
「本当にご存知なかったんですか」
「Y先生、今朝ね、出かける時また警察の方に止められたの。近所にも聞き回っているみたい。早く解決してもらえない?」
「これだから若い教師は……。何も知らなければ責任を負わなくて済むと思っているのよ」
「先生のクラス、三年でしょう。志望先の高校によっては、こんなことがあった学校の子をどう受け入れるか……。受験生の親御さんには、どう説明なさるんですかね」
「……すみません」
心から笑ったのはいつだろう。二十四年生きてきた、私の得たものは何だったのよ。
Yの振り返る来し方に、あの裏庭で見かけたようなきらびやかなものはなかった。そこそこに学んでそこそこの学校を出て、月並みの人間関係の中にいた。とりたてて熱中した趣味や目標もなく、教員免許の取得において喜んだのは、職の安定の付随があった。
何も持たなかった。
ただあの少女、ここ数ヶ月間、Yの目を無性に惹いた暮橋の幸福を見かけることが、日々のささやかな潤沢だった。自分には持ち合わせなかった胸の高鳴り。輪郭の育っていない希望、期待。
何もなかった。
人はこの世に生を受けた瞬間から、器量に見合った輝きしか得られないのだ。