打って、守って、恋して。
「あっ、よかった……、いた」
明らかに走ってきた様子の彼が、ほっと肩を落とす。
試合中でも見ないような焦った雰囲気が、ちょっと新鮮。
「これだけ遅刻したから、怒ってもう帰っちゃったかと思いました」
「怒らないですよ!」
「いや、ここは怒る場面ですよ」
「何かあったのかな、とは思いましたけど」
藤澤さんは申し訳なさそうに、正直に言います、と頭を下げた。
「今日は午後から自主トレしてたんです、チームの何人かと。ちょっと夢中になりすぎて、時間が……。家に帰って汗とか流して急いで来たんですけど、途中で携帯を忘れてきたことに気がついて」
「なるほど、それで連絡がなかったんですね」
「本当にすみませんでした」
練習に夢中になりすぎるとか、とっても微笑ましい遅刻理由。まったく怒る気にもならない。
いえいえと笑みを返すと、彼は決意したように私を真正面から見つめてきた。
「お詫びに今日、森伊蔵は俺がごちそうします」
「え!そんなのずるいですよ!」
「そうしないと俺の気がおさまりません」
「めちゃくちゃ高かったらどうするんですか?」
「たまの贅沢くらい、問題ないです」
すたすたと先に歩き出した彼を、慌てて追いかける。
そして、改めて後ろから見て気がついた。
そういえば、スーツもユニフォームも着ていない彼を見るのは初めてだな、と。
ごく普通の身長、ごく普通の体型、ごく普通のファッションセンス。
なんというか、すべてが藤澤さんらしい。
凛子を軽々と持ち上げたのだから、実は腕の筋肉がわりとすごいのかと思って期待していたけれど、半袖Tシャツからのぞく腕は、普通。
その普通さが、心地よかった。