打って、守って、恋して。
一瞬、藤澤さんの目に迷いが見えた。
話すのをためらうような、ほんの少しの間があく。
その隙を縫うように、私たちのテーブルへからし蓮根や焼酎漬けの煮卵、ポテトサラダなどが運ばれてきた。
ほとんど空になった彼のグラスを見て、戻ろうとしている店員さんを呼び止める。
「すみせん、森伊蔵ってありますか?二つお願いします」
「ございますよ。かしこまりました。お二つですね」
まだ私のグラスは飲み切っていないので、少し急ぎ目に口に運んだ。
「森伊蔵がどんな味か楽しみですけど、石森さん、あまり焼酎はお好きではないのでは?」
心配そうに顔をのぞき込まれて、慌てて首を振る。
「違います!焼酎を一気に飲むとすぐ酔うので、ペース配分してるだけです。好きですよ」
「それならよかったです」
微笑んだ藤澤さんに届いた料理を取り分けて手渡すと、ありがとうと受け取ってくれた。
自分の分のお皿からからし蓮根を食べたら、意外と辛みが強くて舌がびりびりする。いちいちリアクションしていてもうるさく思われそうなので、そのびりびりを焼酎で流し込む。
一方ポテトサラダをひと口食べた彼は「さっきの話の続きですけど」と箸を置いてひと呼吸置いた。
「簡単に言うとね、俺は二度、夢に破れてるんです」
「二度?」
なんのことかと眉をひそめた私に、彼はうなずいてみせる。
「じつは、高校の時と大学の時に二度プロ入りを希望しました。でも、どちらもだめでした。ドラフト会議で名前を呼ばれることはありませんでした」
─────それは、意外な事実だった。
彼がプロに行きたいと思っていたことが、だ。
最初から「社会人野球でじゅうぶん」と言っているのだと思い込んでいた。でもそれは大きな間違いだったのだ。