打って、守って、恋して。
「ありがとうございます。お土産をいただけるなんて、思ってませんでした。合宿は疲れたでしょう?」
「いえ、楽しかったですよ。都市対抗で対戦した選手が今度はチームメイトになってるっていうのもあって、和気あいあいしてました」
「明日からは、さらに忙しくなるんですか?」
「忙しくなるというか」
彼は言葉を選びながら、小さく微笑んだ。
「大会に向けて集中したくて。だから…………、石森さんに会っておきたかったんです」
「………………はい」
胸が詰まって、出てきた返事がこれしかないとは我ながらつまらない女だ。
おそらく赤くなっているであろう顔をうつむかせていると、
「そういうわけで、お土産は口実でした。不純な動機ですみません」
という声がふわりと降ってきて、身体の全部が柔らかいなにかで包まれたような感覚になった。
私もちゃんとしたことを言わなくちゃ、と足元に視線を揺らがせている合間に藤澤さんの右手にあるマメが見えて、さらに息苦しくなる。
このマメは、いったいいつ消えるんだろう。
彼が野球をやめるまで消えないのだろうか。
「大会が終わったら、また会ってください」
思っていたよりも小さな声しか出なかったので彼に聞こえたか不安になったものの、それはしかと耳に入ったようで、目が合った。
丸い何かがパチンと弾けるというより、とろりと溶け合うような、そんなほんの少しの時間。
「はい、会いましょう」
「試合、頑張ってください」
「スタメンで使ってもらえるように頑張ります」
「お守りもなにもないけど……」
「こうして会えただけでじゅうぶんです」
それは、こっちのセリフです。
「三秒だけって言ったのに、大嘘つきですね、俺」
彼は一歩引いて、笑顔で私に手を振った。
まるで行ってきますとでも言うみたいに。
「私には応援することしかできないけど、頑張って……」
自分がすっぴんであることも、部屋着であることも忘れて、帰っていく彼に手を振り続けた。